2007年07月23日

青年のための読書クラブ

青年のための読書クラブ

  •  桜庭 一樹/

  • 販売元/出版社 新潮社

  • 発売日 2007-06


Amazon/Bk1/楽天ブックス

桜庭一樹はもう傑作しか書けないんじゃないだろうかという気分になってくる。
『赤朽葉家の伝説』と比べれば重厚さは無いけれども、重厚さが無ければ傑作じゃないなんて事はない。そもそも桜庭一樹に重厚さなんて似合わないんじゃないのかと思うのだ。そういう意味で、今回は非常にスタイリッシュで軽やかだ。
とはいうものの、全五章の連作短編集であるこの物語は、100年の歴史を背景としているにもかかわらず、分量的に少々物足りない。もっと読ませろと言いたくなってくる。そこがこの本の唯一の欠点なのかもしれない。
まあそれはともかく、第四章を読んだときの酩酊感はたまらない。ストーリーそのものもそうだが、男子校の存在が現れた時点で思わず、とんでもない仕掛けがしてあったのではないのかと思い、今までの話を見直してしまった。今まで女子校の話だと思っていたのだけれども、実は男子校の話ではなかったのだろうか。しかし地の文で「彼女」という言葉が使われているのでそんな仕掛けはしていないのだろうけれども、何か重大な物を見落としているような気がしてならない。もしくは、そのような仕掛けを施すことも出来たのだけれども、あえてそんな物は入れなかったという作者の余裕の現れなのだろうか。  

タグ :桜庭一樹

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2007年04月16日

星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一 一〇〇一話をつくった人

  •  最相 葉月/

  • 販売元/出版社 新潮社

  • 発売日 2007-03


Amazon/bk1/楽天ブックス

実に恐ろしい本だった。
ここまで一人の人間を丸裸にしてしまったということは凄まじい。
星新一と聞いて一番先に思い浮かぶエピソードが、「ベートーベン第10交響曲」の演奏会の話だ。
「第10交響曲」といいながらも実際のところは若い頃の習作で、それを聴いた星新一は「習作ってものは、生きているうちに始末しておかんといかんな」と語ったそうだ。
それが驚いたことに、静岡の別荘で膨大な下書きやメモが残されていたというではないか。
下書きといえども自作には絶大な自身をもっていたのか、それともまだまだ死ぬつもりはなかったのか。
私は後者の方に思えてしまうのでこの本が恐ろしかったのである。もちろんこのエピソードはこの本には書かれていない。
後半は日本SF史としても読むことができてしまうところも凄い。
参考文献としてあげられている本の大部分は読んだことがあるのだけれども、本作のように日本SFの歴史を星新一という作家を中心にして俯瞰する形で再構成されると、バラバラでは見えてこなかった部分がいろいろと見えてくる。単純に星新一の評伝というだけであるならば語る必要のないSF史の脇道の部分にまで言及されているのだ。
だからこそ、矢野徹に取材ができなかったことは非常に惜しい。矢野徹がもう少しだけ長生きしてくれていたら、もっと素晴らしいものになっていただろう。
で、矢野徹といえば、氏が渡米したころ、ブラッドベリの『火星年代記』の映画化の話があったという記述には驚いた。実際には映画化はされず1979年にTVムービーとして映像化されるまで待たなければならなかったのだけれども、1953年に映画化の話があったとは……。
と思ったところでちょっと引っかかった。1953年といえば「霧笛」が『原子怪獣現わる』として映画化された年である。『原子怪獣現わる』の間違いのような気もしないでもない。
まあそんな些細なことはともかく、実際には意外なところで星新一とつながりがあったのかも知れないけれども、単純に読む限りでは星新一と同じく千編以上の短編を書いたというつながりだけでインタビューしたとしか見えない佐野洋まで登場しているところが凄い。どこまで幅広く取材したのだろう、この人は。
しかし、『あのころの未来』を読んだときにも感じたのだけれども、どうもこの筆者とはそりが合わない。何故なのかと思っていたらこの本の中でこんな文章が出てきた。
「インターネットを神と結びつけて論じようとする私たち」
どおりでこの人の言動がすんなりと頭の中に入ってこないわけだ、私はそんなこと考えもしない。筆者の考える「私たち」の中には私は入っていないのである。  

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2006年09月20日

ボトルネック

ボトルネック
米沢 穂信著
  

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2006年08月25日

SF魂

冥王星が太陽系惑星から外されることになったのだけれども、それで思い出したのがエドモンド・ハミルトンの初期のスペース・オペラ。
冥王星がまだ発見される前に書かれたものなので、太陽系の惑星は八個となっているし、<星間パトロール>シリーズでは「八星連合」なんてものも登場する。冥王星そのものが無くなってしまったわけではないんだけれども、今後は文中に「当時はまだ冥王星が発見されていなかった」なんていう注釈を入れる必要がなくなってしまったわけで、海王星と順番が入れ替わったりしたこともあるし、なんというか面白い星だなあ、冥王星は。

で、話は変わるが、

SF魂
小松 左京著
  

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2006年07月05日

鏡の法則あるいはビッグバン宇宙論

「鏡の法則」ってのが話題になっているようで、ウェブに公開されているものを私も読んでみました。

とある主婦の話です。
いじめにあっている息子。何とか力になってあげようとするのだけれども息子は自分に心を開いてくれない。
苦悩の日々を送っていたのだが、ある日、自分も息子と同じように父親に心を開いていなかったことに気付かされる。
そして勇気をだして自分の父親に告白をし、長い間の父娘のわだかまりがとける。
心が晴々したとき、息子が帰ってきて、いじめられなくなったと笑顔で話す。

-終わり-

まあふつうにいい話でした。同じような思いをしている人は泣けるのかも知れません。
しかしよく判らないのは話の中で登場するB氏の存在です。B氏がいなければ話が進まないのはわかるのですが、このB氏、理解できない言動をするうえに存在自体がどうみても余分です。
せっかくの感動もB氏が登場するたびに興醒めしてしまうのですが、なんなんでしょうか、このB氏の存在は。
「セカチュー」の片山恭一あたりにこのB氏の存在を無くすように頼んでリライトしてもらえば数倍感動できる話になると思うんですが、それだとフィクションになってしまうのでだめか。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、これよりも数倍感動するノンフィクションといえば……。  
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2006年05月12日

海外ミステリー事典

海外ミステリー事典
権田 万治監修
  

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2006年05月11日

日本ミステリー事典

日本ミステリー事典
権田 万治監修 / 新保 博久監修
  

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2006年02月08日

枯葉の中の青い炎

枯葉の中の青い炎
  

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2005年08月27日

アナ・トレントの鞄

アナ・トレントの鞄
クラフト・エヴィング商会
  

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2005年06月21日

そこにあるのは物語

ポーの話
いしい しんじ
  

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2005年05月26日

便利になると不便になる

古道具中野商店
  

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