『スタート・イン・ライフ』川島誠
- 著: 川島 誠
- 販売元/出版社: 双葉社
- 発売日: 2013/10/16
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川島誠の新作が出た。
といって、実際に書かれたのは2006年から2009年にかけてなので、連載が終わってから手直しに時間がかかってしまったのかそれとも単行本化の話がなかなかでなかったのか。後者だったらファンとしては悲しいものがあるが、それでも、前作の『神のみなしご』から一年も立たないうちに新作を読むことができたのだからありがたい。もっとも、次の作品を読むことができるのがいつになるのかわからないという面もあるけれど。
さて、今回はどうかというと、川島誠のエッセンスを余すところ無くつぎ込んだ話であり要するに、陸上スポーツを扱ってそして性と心の部分を描いて、そしてスペインが出てくる。
といっても今回はそれらにひねりがくわえられていて、そもそも主人公は大学生だし、スポーツ選手でありながら物語早々、スポーツ選手であることを止めてしまう。スペインは申し訳程度にしか出てこない。さらにはおそらく初めてのことだろうけれども、舞台となる場所に静岡県浜松市という具体的な地名が登場する。そして驚いたことに後半、『神のみなしご』の登場人物らしき人物が登場する。もし、彼らが同一人物だとすれば、『神のみなしご』の舞台も浜松市である可能性もある。
この物語で描かれる浜松という街は、ブラジル人の移民の街として描かれ、実際に浜松という街は全国でも有数のブラジル人の多い街で、ものづくりの街として発展した浜松という街は、安い労働力を常に必要としその結果、ブラジルからの出稼ぎとしてブラジル人が多く移民してきている。それがどういうことかといえば浜松という街は日本における最大級の移民都市だということになる。
移民という事象が発生すれば人種差別という問題は必ず発生する。それは犯罪に結びつきやすく、さらにやっかいなのは日本とブラジルとのあいだに犯罪人引渡し条約が結ばれていないこと、さらにはブラジルの憲法においては自国の犯罪人を他国には引き渡さないということが定められているということが、両国間における、いや、日本人と在日ブラジル人とのあいだにおける問題として水面下に存在している。もっとも犯罪人引渡し条約が結ばれているのはアメリカと韓国だけなので、このことはブラジル人だけの問題ではないのだが、日本にいるブラジル人が日本で犯罪を犯しても、発覚する前に自国へ帰ってしまえば誰も処罰をすることができなくなるし、罪を償わせることもほぼ不可能に近くなる。
もちろん犯罪を犯す人はごく僅かにすぎなく、多くの人は善良だ。しかし、この犯罪を犯しても処罰されない手段があるという事実を知った上で、差別を無くすというのは難しいのと思う。
この物語では日本人のほうが先にブラジル人に対して犯罪を犯し、その結果、主人公の友達であるブラジル人の少年もまた、法に触れる暴力行為を行ってしまう。主人公たちはブラジル人を助けるために、事件を警察には届けず、彼を自国ブラジルへ帰国させてしまう。
主人公たちは結果として、救われる人間が一番多くなる選択を行ったわけではあるが、その方法が、犯罪者を引き渡すことはされないということを利用したものであることは皮肉な結果でもある。
物語の後半になるともう一人、アフリカから新たな人物が日本にやってくる。この人物自身は自国で殺される運命にあったところを、いわゆるルールの抜け道をくぐり抜けて日本に脱出してきた人物であり、ある意味、前半部分における問題と対極的な位置づけにもなっている。いつにもまして密度の濃い話だ。
物語の中で起こる様々な問題は、すべてがすっきりと解決するわけでもなく、なんとなくそれらしい場所に落ち着いた感じだったりするのだが、世の中そんなものじゃないだろうか。しかし、すっきりしないままでありながらも、不思議と読後感はさわやかで、主人公と一緒に自分の人生ももう一度気を取り直して歩き始めてみようかと思う物語になっている。そんなところはやっぱり川島誠の小説なんだなと思うのだ。
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