2009年11月17日

経過報告53

10/27


今日、妻の面会に行って驚いた。
明日以降ならいつでも退院していいと主治医に言われたそうだ。
というわけで、何もなければ、明日、妻は退院する。

しかし、退院といっても回復したわけではない。あくまで入院してまで治療する必要が無くなったというだけにすぎない。
この病気は高血圧や糖尿病と同じく慢性疾患なのだ。だから快復を目指すことは出来ない、その変わりに寛解を目指す。寛解とは「問題ない程度」にまで状態がよくなる、もしくはその状態が続く事だ。

我慢できるか、そんな状態を。

妻はおそらくこのさき一生、薬を飲み続けなくてはいけない。そのことは妻も理解をしている。しかし、理解していても実際に出来るかといえば違う。そう簡単な事ではない。長い間、服用しつづけていれば副作用の危険性も出てくる。薬を飲むということは辛いことだ。
多分、途中で自発的には飲まなくなるだろう。
妻の実家も未だに精神科や薬に対する偏見を持ち続けている。だから妻が薬を飲むことのつらさを訴えれば、服用を止めさせようとするだろう。
服用のつらさのあまり、私を非難する事もあるはずだ。なにしろ妻は、完全に私を許したわけではない。ひょっとしたらこの先、離婚することになるかもしれない。可能性は十分にある。
でも、妻と一緒に笑ったり、喜んだりすることもできるはずだ。悲しむことも怒ることも、おそらくそれは、どこの夫婦にもよくある出来事なのだ。私たちにはただ単に、病気という要素が追加されるだけにすぎない。

病気になったからといって辛いことばかりというわけでも無いはずだ。病気になったから逆に得ることができたものもあったかもしれない。

私は何を得たか?

この病気に関する知識を得た。そして妻の苦しみを少しは理解できたかもしれない。
だから以前よりも少しだけ妻に優しくなれるかもしれないが、それは私の努力次第だ。

では妻は何を得たのか?

何も得なかったのかもしれない。
たぶん、失った物の方が多いだろう。
だったら、私が何かを与えてやればいい。

でも、何をだ。

「はじめに」という記事を書いたとき、ハッピーエンドになればいいと本気で思っていた。しかし、その後の記事のタイトルは「経過報告」とした。タイトルを考えるのが面倒だったというわけではない。ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』から借用したのだ。頭のどこかで、私と妻の物語がハッピーエンドにはならないことを理解していたからだ。

でもハッピーエンドってなんだ?

死ぬ間際に、幸せな人生だったと思うことなのか?
人生の長い時間の中で、幸せだと感じる時間が、不幸せだと感じる時間よりも、ちょっとだけ多ければそれでいいのではないか。そう思う。

妻の面会に行ったとき、いつも私は妻のベッドで妻と一緒に腰掛けて、二人でゆったりと話をしていた。妻は、「私たちが年を取ってもこんな感じよね、想像がつくわ」と言ったことがある。「背が曲がって、しわが増えて、でもこんな感じで、二人で並んで腰掛けて話をしているんでしょうね」
私にとってのハッピーエンドはそれだ。でも妻にとってはどうだろうか。

人生ってのは何が起こるかわからない。
だからといって、わからないから楽しいなんて達観などできやしない。
病気という存在は重くのしかかってくるはずだ。妻にも、私にも。
希望を持ったことを書きたいが、現実ってやつは、そうそう甘くはない。
私はこの先、老いていく。体力も気力も知力も衰えていく。
妻は私を信じていない。だから異変が起こってもそれを隠そうとするはずだ。私に入院させられないために。
そんな状態で妻の再発の兆候を見過ごさずにいけるのか?
妻が再発しても、今回と同じくがんばることができるのか?
おそらく同じようには出来ないだろう。
私は自分の人生をそんなに楽観視しない。

しかし、私は現実に対して抵抗をする。

統合失調症というのは乱暴に言ってしまえば、「自分」というものをを失ってしまう病気だ。だから、「自分」という存在を客観的に見ることが出来なくなってしまう。だから幻聴や幻覚といった異変を肯定するために妄想をふくらましてしまう。幻聴や幻覚を否定出来ないのだ。

では、どうすれば客観的に見ることが出来る?

言葉に置き換えて、物語ればいい。
客観的に自分を捉えることの出来ない妻の変わりに、私は言葉を使って物語る。
言葉を使って自分の考えを整理する。
一歩踏み出すことは出来る。

そして、私は辛い現実に対して精一杯の抵抗をする。

明日は、妻が退院をする。
入院しなくっても良くなったってことだ。
妻は私の元に帰ってくる。
私の望んだ事柄だ。

だから、ここで物語を終わらせれば、ハッピーエンドだ。この後は、めでたし、めでたしとなる。
だから、私と妻の物語はここで終わらせる。この先のことなど知ったことか。めでたし、めでたしだ。

これが私の精一杯の抵抗だ。

ここまでは、語ることの出来る私と妻の物語だった。そしてこの先は、私と妻だけの物語だ。この先、私の語る物語は私が妻だけに語ってあげる物語なのだ。



最後に書評サイトらしいことを書いておこう。
以下は、私が妻のために読んだ本だ
私が本を読むことが苦痛とは感じない人間で良かったと思っている。もっとも、そんな人間だったから妻は病気になったのかもしれない。

『図解雑学 心と脳の関係』 融道夫
『統合失調症 患者・家族を支えた実例集』 林公一
『統合失調症とつき合う 治療・リハビリ・対処の仕方』 伊藤順一郎
『統合失調症 治療・ケアに役立つ実例集』 春日武彦
『精神科セカンドオピニオン』 笠陽一郎
『こころの科学 120 統合失調症』 岡崎祐士・青木省三・宮岡等 編
『大人の発達障害―アスペルガー症候群、AD/HD、自閉症が楽になる本』 備瀬哲弘
『認知行動療法ワークブック』 ポール・スタラード
『こころの科学 116 向精神薬両方の限界』 宮岡等 編
『統合失調症とわたしとクスリ』 川村実・佐野卓志・中内堅・名月かな
『統合失調症あるいは精神分裂症』 計見一雄
『統合失調症の治療 理解・援助・予防の新たな視点』 原田誠一

『図解雑学 心と脳の関係』
妻に、それとなく統合失調症であることを自覚して欲しいために妻に読んでもらうために買った本だが、もくろみは失敗した。本の内容が悪いと言うわけではない。そのページだけ視野に入らないかのように病気という自覚そのものが不可能なのだ。

『統合失調症 患者・家族を支えた実例集』
『統合失調症とつき合う 治療・リハビリ・対処の仕方』
『統合失調症 治療・ケアに役立つ実例集』
この三冊は基本的に同じような内容だ。どれか一冊を読めば多分この病気に関しては理解出来るだろう。治ると書かれている文章を読むのは心の支えになった。

『統合失調症 治療・ケアに役立つ実例集』が一番バランスが取れているかもしれない。
『精神科セカンドオピニオン』
いかに誤診が多いかという点で読めば不安になる。今の治療に何の問題もなければ読まない方がいいかもしれない。薬に関する情報は大変参考になるので、ここに書かれている処方と同じ処方がされているのであれば、ある程度は安心できる。

『大人の発達障害』
『認知行動療法ワークブック』
統合失調症とはあまり関係が無いが、妻にとっては自分自身の生き方を見直すという点では役に立ったのかもしれない。

『こころの科学』
専門系の本なので、統合失調症や薬物療法というものに深くつっこんだところまで理解したいという点では役に立つが、ここまで読む必要は無いだろう。

『統合失調症とわたしとクスリ』
当事者の方々の実体験なので、この本を読むことで妻が薬とつきあう為の役に立ってくれることを祈っている。

『統合失調症あるいは精神分裂症』
治療のためにはほとんど役に立たないが、内容の是非はともかくとして統合失調症という病気を解体していく様は読んでいて面白いし、別な側面からこの病気を理解する手助けをしてくれる。
家族がどのように望まなければいけないのかという事に対して、他の本では書かれなかった事柄が書かれているという点でも、余裕が出来たなら読んで損はしないだろう。

『統合失調症の治療 理解・援助・予防の新たな視点』
付録のCD目当てだったが、内容の方もかなり役に立つ。


『時の娘 ロマンティック時間SF傑作選』という本の中に、バート・K.ファイラーという人が書いた「時のいたみ」という短編が収録されている。
時間旅行が可能となった未来。誰しもタイムトラベルをすることが出来るのだが、パラドックスを防ぐために、記憶を消去されてしまう。
主人公は十歳年老いていた。そして年老いているにもかかわらず屈強な肉体を伴っていた。おそらく十年の歳月のあいだ、自分の肉体を鍛え続けていたようだ。
何のために。
十年前の自分では助けることが出来なかった妻を助けるために十年の歳月をかけて肉体を鍛え上げ、過去へと戻ってきたのだ。
そして、主人公は妻を無事助けることができた。
しかし、二人は子供に恵まれず、離婚してしまう。別れた妻はしばらくして別の男と結婚するが、主人公は生涯結婚することはなかった。

皮肉な結末なのだろうか。
確かにそうかもしれない。しかし、結果ではないと思う。
何を思って何をしたのかじゃないだろうか。

私も、彼のようになりたい。
  

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2009年11月16日

経過報告52

10/26


今朝は、会社に行く前に妻の自動車の保険の更新手続きをする。
保険会社の人が二人で来たので、担当者の交代なのかと思ったのだが、今の保険は書類では無く、パソコン上で行うようになったということでその人が来たらしい。
以前の人はパソコンを使えそうにもなさそうなので、まあ多分、今後はこの人が担当になるんだろうな。
パソコン上で全てが終わってしまうので印鑑を押す必要もなく、担当者が画面上を次々とクリックしていき、これが結構長い、最後にタブレットで署名をするだけで終わってしまった。
保険会社としてはこっちの方が良いのかも知れないが、最後の署名に何の意味があるのだろうか。どうせ画像データとして保存するだけなのだからコピーして悪用しようと思えばいくらでも悪用出来る。
単に、契約内容を確認しましたという意味だけであるのなら契約する側としては紙ベースでの署名と捺印の方が安心ができる。まあ、どちらも対して変わりがないといえばそうなのだが。
最後に医療保険に関して勧めてきたのだが、残念ながら妻は入ることは出来ないだろう。統合失調症を患っている場合、大抵は拒否される。
もちろんそんなことは相手には言わない。検討しますと曖昧に答えておく。

朝から雨が降っているせいか、気分は憂鬱だ。
昨日の妻のことがずっと頭にこびりついている。
共同生活が苦手で対人関係にも難がある妻にとって入院生活というのは不安で仕方がないのだ。
退院の目処が立ったというのにこのままで大丈夫なのかと不安になる。
暴れなければいいのだが。
しかし、退院すればもっとストレスにさらされる。
入院生活がなんだかんだいって温室だったことに気付くだろう。
ストレスを与えるのは禁物なのだが、それでもある程度のストレスは自分で解決する術を持ってもってもらわなければいけないのだ。
そして家族はそれを支えてあげる。
自分にはそれができるのだろうか。
支えるということがどういう風にしてあげることなのか、うまくイメージが湧かない。
私の次なる課題のひとつだ。

そういえば先週、実家の母より手紙が来ていた。
ここのところ毎日電話がかかってくるのだが、無視している。
何故無視しているのだろうか、自分でも理由はよくわからなかった。
しかし、母からの手紙を読んで、その理由がようやくわかった。
手紙では毎日心配していると書かれていた。
それが原因なのだ。引っ越ししてから二ヶ月間、こちらから連絡するまで何一つ連絡してこなかったのに今さら心配しているなどと言われても信じることなど出来やしない。
それ以上に、心配していると言われても、私はどうすればいいのかわからない。これだけがんばっていて、私はさらに、母の心配を取り除く努力までしなければいけないのだろうか。
何も手助けせずに、ただ単に心配しているなどという言葉をかけられても、私には重荷になるだけなのだ。
電話に出れば、その言葉を聞かされるだろう。だから私は電話に出たくなかったのだ。

振り返ってみると、私は運が良かったのだと思う。
妻の言動を否定し続けていた私が、病気であることに気が付いたのは、妻が、ネットを検索して、思考盗聴などと言いだしたからだった。
入院させる必要があると思うようになったのも、妻が最初の病院での二回目の診察の時に、二倍の量の薬を飲むことを拒否したからだ。
あのまま、あの病院で通院治療させていたとしても幻聴が無くなるまでは行かなかっただろう。
会社の社長が仕事のスケジュールを聞いてこなければ、私はシルバーウィークで病院がしばらく休みに入ることも気付かなかった。気付いたおかげで時間を無駄に過ごさずにすんだ。
そして仕事を休むことに対して理解をしてしてくれた。
入院させるきっかけも、私が自分自身のために行った精神科の病院のおかげだった。そこで、親切にも妻の症状に関してアドバイスを貰うことが出来たからであるし、入院を受け入れてくれそうな病院も教えて貰った。
そして、そこで処方してもらった精神安定剤は気が狂いそうな私を落ち着かせ、助けてくれた。
そして何よりも幸運だったのはネット検索という手段があったことだ。

自分一人では何も出来なかった。
おそろしく運が良かっただけなのだ。
この先どうなるのかわからない。
しかし、私を助けてくれた全ての人に感謝したい。
  

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2009年11月15日

経過報告51

10/25


今日は妻を病院へ戻さなくてはいけない。
昨日の夜、自発的に薬を飲もうとしなかったので、朝の薬に関して不安になるのだが、妻は、薬を飲まなければいけないから朝食を食べないといけないと私より先に起きだしたのでちょっと安心する。ひょっとしたら就寝前のジプレキサ錠だけ飲みたがらないのかもしれない。
書店に行きたいと言うので、朝食後、書店の開店時刻を見計らって外出する。
昨日、人混みの中にいて平気だった、多分、ので大丈夫だろうと思いつつも、手を繋いだり、話しかけたりと不安にならないように神経を使う。もっとも、そんな事をしなくっても平気そうでもあった。
妻にとっての不安は、階下の人たちにあるので、アパートの外は平気なのだ。
アパートに戻り、テレビを一緒に見たりしていると、妻が、「下の人は静かね」と言ってくる。静かで当たり前なのだ。よほどのことが無いかぎり声など聞こえない。扉を閉める音がうるさい程度なのだ。
穏やかな時間が流れていく。このまま時間が止まってしまえばいいのにと思うのだが、そうもいかない。
妻が、病院へ戻る前に身代わり不動に寄りたいと言ったので、少し早めにアパートを出る。
徐々に妻の様態が変化していく。病院へ戻りたくないのだ。
人つきあいが苦手なので、入院してある種の共同生活のようなものが妻にとっては苦痛なのだ。おまけに新しく入った患者さんは薬のことで妻を不安がらせている。当の本人はそんなつもりはないのだろうけれども、非情に迷惑だ。おまけに妻自身が精神科に対して偏見を持っている。精神病にも偏見を持っている。看護師さんも他の患者さんも、妻にとっては恐怖の存在なのだ。
身代わり不動で妻は神頼みをする。妻にとってはもう、神様にすがるしかない。
病院の駐車場で妻は泣き出す。これから自分が味わう不安と、外泊で味わった自由と安心とのあまりにも激しい落差に耐えきれなくなったようだ。
いったいどうすれば良いのだろう。今回の外泊で問題がなければ今月退院する事が出来るというのに、こんなにも感情を爆発させて不安定な状態になってしまっては退院が延びてしまう可能性も出てくる。まさかとは思うが、今晩、不安に耐えきれなくなって叫び出したりしてしまったら、保護室へ入れられてしまうかもしれない。

妻を治すためには入院以外の方法など思いつかなかった。
しかし、それは妻にとって苦痛以外の何物でもなかった。

どうか神様、妻を助けてください。

幻聴は消えてくれた。しかし、妄想は消えていない。アパートの階下の人はまだ攻撃をしていると思いこんでいる。声が聞こえないのは薬で脳波が消えてしまったからだと思いこんでいる。薬のおかげで幻聴は消えた。しかし妄想という記憶は消し去ることは出来ない。妄想することは止めても、苦しめられたという記憶は残ったままだ。だから記憶が残っている限り妄想はいつでも浮上する。
だから、薬の服用を止めれば、いつでも再発してしまう。

自分の症状を正直に話してしまった為に入院させられたと思っている。それはそのとおりだ。問題は、次は正直に話さないようにしようと誓ってしまっている事だ。

泣きやんで、妻は病院へと向かってくれた。
面会終了時間まで30分ほどあったので、病室で妻と話をする。
しかし、妻の不安を取り去ってあげることが出来ない。私に対しても信頼をしていないのだから、私が何を言っても無駄なのだ。
あまりにも無力だ。
「しっ!って声が聞こえない?」妻が言う。
「私のことを誰かがしゃべっているようなんだけれども、私が聞き耳を立てようとすると、しっ!って声がするの」
残念ながら私には聞こえない。何かの物音が妻にとってはそのように聞こえるのだろう。
妻の妄想や偏見を取り除くことは私にはとうてい出来そうもない。
安心を与えて、不安にさせないようにするしかない。そうして徐々に妻の記憶が薄れていくことを祈るしかない。
  

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2009年11月14日

経過報告50

10/24


今日は妻の外泊日だ。
今回の外泊が無事に終われば今月末の退院がほぼ決まる。
病室へ行くと妻は既に外泊の準備が完了しており、いつでも病院を出ることが出来る状態だった。
そんなに気分も悪くはなさそうだ。もっとも良くもなさそうだった。
いきなり、今回の外泊を二泊に出来ないか聞いてくる。しかしそれは無理な相談だ。
妻はようやく薬を飲むことの大切さを理解してくれたようなのだが、まだこの病気に関しての知識は乏しい。入院している状態からいきなり外の世界に出て、日常生活をすることが精神的にどれほどの負担がかかるかまでは理解出来ていない。一泊だけでも無事に生活ができるのかそれさえも予測出来ない事柄なのだ。
外泊申請書を書いて、病院の外へ。
覚悟をしていたことなのだが、妻は私を非難してくる。
前回ほどではなかったし、今回は覚悟をしていたのでそれほどダメージは受けなかったのだが、しかし、このまま退院させてしまってよいものなのか不安にもなってくる。
どうも、薬に関しておかしな知識を披露している患者さんがいるようで、妻はその患者さんの言うことを無条件に受け入れてしまっている。まともに考えれば馬鹿馬鹿しいでたらめであることがわかるはずなのに、どうしてそんな陰謀論を信じてしまうのか不思議だ。

まだ、階下の人たちが脳波を取っていると思いこんでいる部分もある。声が聞こえないので、妄想をそれ以上発展させることはないようなのだが、やはり、この問題は根が深いようだ。今のままでは薬の量を減らすことはとうてい出来ないだろう。もっとも、薬の量を減らすということは数年単位でやることなので、焦っても仕方がない。声がほぼ聞こえなくなっただけでも良しとしなければいけないだろう。

妻の実家から手紙の返答が返ってくる。
私の出した質問にはいっさい回答がないのには驚いた。よくもまあここまではぐらかすことができるものだと感心してしまったが、私に任せるという内容ではあったので、そのあたりは安心してもいいかもしれないと思う。もちろん、妻は病院に関しての偏見や妄想を持ち続けているので、その妻の妄想を素直に信じ切ってしまって、また一悶着あるのかもしれないが、その時はその時でまた考えることにしよう。妻の妄想癖は親譲りなのだと思いたくなってしまう。

午後、妻はコンサートへ出かける。
本当は主治医の許可を得ないといけないのだろうけれども、しかし、許可が出るのか定かではない。そしてそこまで私は非情にもなれない。一抹の不安を抱えながらも、駅まで妻を送っていく。好きなことが出来るのだから多分大丈夫だろうと思ってしまう。
それが良いことなのか悪いことなのか私にはわからない。
しかし、何も問題は無いはずだ。

アパートに帰ってきて、猛烈な睡魔に襲われる。
相当に疲れていたのだろう。

夜になって迎えに来てというメールが届く。たまたま目が覚めたおかげで気づいたのだが、見過ごすところだった。
駅まで行くと妻はご機嫌な状態で車に乗り込んできた。今日、外泊出来て良かったと思う。
が、しかし、喜んでばかりも言ってられなかった。電車を待つ間、妻は実家に電話したらしい。そしてその電話の内容が問題だった。義母か義弟のどちらが言ったのかまでは聞かなかったが、妻が飲んでいる薬は副作用が強いなどと言いやがったのである。

いったいなんなんだ、こいつらはと思う。
副作用はたしかに注意しなければいけない。しかし、この病気は病識を持たない人が多い。だから自分が何故薬を飲まなければいけないのかを理解している人は少ない。病識を持っていればいいのだが、病識を持っていない人は服用の重要性を理解していないのだ。そんな状態の人に、あなたが飲んでいる薬は副作用が強いなどと言ってしまうことがどういう事になってしまうのか理解出来ていないのだろう。
そもそも、どんな病気であっても病人に不安感を与えるようなことをして病気が治ると思っているのだろうか。
妻一人だけでも手を焼いている状態だ。薬と上手につき合う方法を模索している状態だ。そして薬の副作用も心配している状態だ。そんな状態で、邪魔する人間がいるのでは私に出来る事柄にも限界がある。
妻の実家には再度手紙を送ることにする。

妻はコンサートの興奮と久しぶりのアパートでの夜ということでなかなか寝ようとはしない。
私はその分、妻と話をすることが出来るので大歓迎なのだが、入院中の妻は9時過ぎには就寝していたのだ。あまり不規則な生活をさせるのは良くないだろう。
妻に、そろそろ寝ようと促す。
夕食後に飲む薬は飲んだようなのだが、就寝前に飲む薬は飲んでくれるのだろうか。
妻の挙動を追いかけているのだが、飲もうとしない。
寝室へ向かい、本当に寝ようとしたので、妻に薬を飲むように言う。
飲まなきゃ駄目という妻を説得し、薬を飲ませる。
退院後の服用に暗雲が立ちこめた感じだ。
ひょっとしたら口腔内崩壊錠であることが原因で飲みたがらないかもしれない。
普通の錠剤タイプに変えてもらうことも検討してみよう。  

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2009年11月13日

経過報告49

10/23


注文しておいた『統合失調症の治療―理解・援助・予防の新たな視点』が届いたので早速付録のバーチャルハルシネーションCD-ROM版をパソコンで試してみる。
結論からいえば期待はずれだった。CD-ROMの中身は70メガバイト程度の映像データが一つ入っているだけだったのだ。もう少しプログラム的なもので、ある程度ゲーム感覚的に操作して体験出来るものを期待していたのだ。
といっても、普通のパソコンで動かすことが出来るようにした代物なので、仕方がないかも知れない。
というわけで、パソコン上でムービーをただ見るだけなのだが、それでも想像するのと体験するのとでは大違いだった。
起きている間ずっと、自分を嘲笑する声が聞こえ続けているというのは壮絶だ。
幻聴がはっきりと聞こえすぎるているような気もするが、そのあたりは疑似体験の限界かもしれない。しかし、当事者にとっては、幻聴が何を言っているのかはっきりと判別できるのだから、感覚的には、これでおかしくはないのだろう。
妻に見せてれば、違いを教えてくれるかもしれないが、とてもじゃないが、この映像は妻には見せたくはない。
ただ単に、喫茶店に入って、マスターとお客の会話を耳にしているだけの五分程度の時間。自分を嘲笑する声が聞こえるだけで、まったく別の世界になってしまう。
幻聴の正体は自分自身であり、自分自身と会話し続けて心が壊れていく。
妻は、自分の体が自分を壊そうとすることなんて有り得ないでしょうと言ったことがある。しかし、現実は違う。
人の心も体も、バランスが崩れれば、自壊してしまうのだ。

明日は妻の外泊日だ。外泊することで何も問題が起こらなければ、いよいよ退院することが決まる。
ひょっとしたら妻はまた、病院の外へ出ることができたことで、心のバランスが崩れ、私を非難するかもしれない。
先週の外出では、予想しなかった不意打ちだったために、妻に酷いことを言ってしまった。
明日は、非難されることを覚悟して望もう。そうすれば私もショックを受けることもなく、怒ることもないだろう。

神様、どうか私に強い心と強い意志を。
  

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2009年11月12日

経過報告48

10/22


今日は妻との面会の日だ。
わずか三十分間の面会時間。
無論、病院側から決められた時間ではなく、妻と私との間で決めた時間だ。
今日はいろいろと話すことが出来た。どれもたわいのない話ばかりだ。しかし、それが私にとっては重要なことだ。
妻はどうだろうか。
三十分の面会時間に何を求めているのだろうか。
でも、それはわからない。
この間から頭痛がすると言っているのが気になる。副作用なのだろうか。
この病気はストレスに弱くなるといわれている。悪い事柄だけではなく、良い事柄でさえストレスになってしまうらしい。
週末の外泊、もしくは今月末の退院が妻にとってはストレスに感じているのかも知れない。
妻を心配させまいとにこやかな顔をしていると、「うれしそうでいいわね」と言われる。
怒る気にはならないのだが、どんな顔をしていればいいのか困ってしまう。それが悩みどころだ。

週末の外泊が問題なく終われば、いよいよ退院だ。
外泊に関して軽く考えていたのだが、当事者にとっては社会復帰できるかどうかという重要なことなのだ。
先週の外出がひとまずは順調にいったので、今回も順調にいくことを祈ろう。
なにはともあれ私自身が感情を出しすぎないように、特に怒鳴ったりしないようにしなければいけない。
  

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2009年11月11日

経過報告47

10/21


ここ数日、ネガティブな情報を中心に調べているせいか、どんどんと不安が募ってきてしまう。
薬の副作用で苦しんでいる人、精神科での虐待、誤診、薬を服用していながら全然快復へと向かわない人。

もちろん、それらは一部の出来事であって、妻の場合には当てはまらない面もあることは理解している。しかし理解していてもこういう情報を目にし続けていると駄目なのだ。先行きの不安ばかりが募っていき、絶望感にとらわれてしまう。
でも、私は沢山の情報を取り入れながらも、取捨選択することができる。これは妻には当てはまらないと、余計な情報を捨てることができる。
病院の中の妻はそれができない。
限られた世界の中で、薬の副作用で苦しんでいる人達が、妻の目の前にいる。
妻はそれを無条件に受け入れるしかないのである。
辛い情報を見続けてきて、ようやく妻が、「私に何かあったときは、後のことをよろしく」と言っていた理由がわかった気がする。こんな当たり前のことさえ気付かないでいたなんてなんて私は馬鹿だったのだろう。
目の前で辛い現実をたたきつけられていれば不安になるのだ。
どうすればいいのだろうか。

今まで通り、妻には明るい未来を語り続けるしかないのだろう。
  

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2009年11月10日

経過報告46

10/20


妻の退院日が決まった。
当初の予定より一週間ほど延びたのだが、だいたい想定の範囲内だったし、治療に関しては今のところ何も問題は発生していない。
妄想はまだ抜けきれてはいないが、もともとそういう傾向にあったわけだし、再発に繋がらなければ私としては問題はないことであるし、もっとも妄想は無ければ無いにこしたことはないが、ゆっくりと無くなっていくように努力してみるしかない。

病識に関しては芽生えてきたようで、薬の服用に関してもそれが大切であることを口に出して言うようになった。本心からなのかはわからないが、今のところは妻の言葉を信じるしかない。
妻と会話をしているときに、新しく入ってきた研修医さんの挨拶が始まった。
妻は、研修医を受け入れるなんて凄いところねとよくわからない理由で感心する。
妻の論理によれば、研修医を受け入れるところはしっかりとしたところらしいのだ。
なんにせよ今の病院に対する好感度が上がったようなので、まあ良いとするか。
退院日が決まったにもかかわらず、妻は、自分が本当に退院できるのか不安がっている。
薬が変わったのもその理由の一つらしいのだが、あいにくと私もその薬の名前はまだ聞いていない。しかし、ここで心配させても仕方がない。前の薬の効力について話す。
「脅迫観念なんかを押さえる薬だよ」
「脅迫観念って?」
「誰かに悪口を言われているような感覚だよ」
「ああ、そういえばそんな感覚に襲われると首の後ろのあたりがピリピリしていたわ。だから最近はそんな感じがしなくなったのね」
正しい説明ではないのだが、とりあえずは薬の効果に関して納得してくれたようだ。
今は、正確に伝えなくってもいい。闇雲に薬を怖がる必要はないことを理解して貰うことが大切なのだと思う。

が、妻の方は順調であるのに対して私の方はあまり具合が良くない。
ここのところ、母と弟からの電話は全て無視している。
話をしたくないのだ。
ある意味引きこもり状態にも等しいのだが、身内に対してだけであってそれ以外の人に対しては普通に会話をしている。
ようするに、身内だと深くつっこんだ部分に関して会話をしなければいけなくって、それが面倒なのだ。

身内の助けがほとんど期待できない状況下で、一人がむしゃらに走り続けてきて、精神的にかなり疲れてしまったようだ。
  

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2009年11月09日

経過報告45

10/19


今日は午後から半休を取り、市が主催する「統合失調症の家族教室」に参加。
募集人数は30人だったが、募集開始日のあっという間に埋まってしまったようだ。
募集当日に予約しておいて良かったと安堵する。
前半は、精神科医による病気の説明で、基本的に本に書かれているのと同じ内容だったが、誤解して理解していた部分があったので、参加したのは正解だった。
妻の退院後に関して、妻にストレスを与えないようにしなければ行けないのだが、感情表現が高い家族と接していると再発率は高くなる。病人に対して批判的なことを言ったり、文句を言ったり、感情的になりすぎたりする家族の場合、統計的に見て、高確率で再発するのだ。なおかつ、病人との対面時間が週に35時間以上の場合、さらに再発率が上がる。
私の場合、週末は妻と一緒にいることが多いので、計算すると35時間以上一緒にいる事になる。その点がもの凄く不安だったのだが、批判的なことや、文句を言ったり、感情的になりすぎなければ大丈夫だと教えられた。
私と同じグループになった人たちは十年から二十年近く闘病している人たちばかりだったので、私一人だけ浮いてしまっている部分もあったのだが、それでも、他の人たちの話を聞くと、再発することも無く、困ったことと言えば煙草を吸いすぎていることだという人だったりするので勇気つけられる。
しかし同時に、妻はこの先ずっと薬を飲み続けなくてはいけないことにあらためて気づかされ、不憫に思ってしまうのだった。
再発の兆候を見逃さない家族の人もいて、ああ、何て凄いんだと感心すると同時に、私にははそれができるのだろうか不安に思う。
中には、発病しても気づいてあげることが出来なく、六年以上経過させてしまった人もいて、私も辛かったけれども、私以上に辛い人もいて、話を聞いていて涙が出そうになってしまう。
司会の人は、最初に、勇気をもって参加してくださってありがとうございますと言った。
私はがむしゃらに動き回っているので、このような集まりがあればどんどんと参加するつもりなのだが、やはり、まだ偏見や誤解、そして恥ずかしさが根強く残っているのだと実感した。そして病気であることを気づくことの難しさも考えさせられてしまう。

私の場合はただ単に運が良かっただけなのだ。
  

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2009年11月08日

経過報告44

10/18


昨日のことがあったので、妻の面会は気が重い。
だからといって行かないというわけにはいかない。特に今日は何かを持っていかなければいけないというわけではないが、行ける時には行く必要がある。妻からすれば来てもらう以外、私と話をする手段は無いのだ。少しでも会話をすることが理解しあう為には必要ななのである。

が、そんな心配をよそに、妻は穏やかだった。
閉鎖病棟という自分の意志では出ることが出来ない場所にいるとおとなしくなってしまうのかもしれない。ずっとこんな感じの妻だったならば、入院しっぱなしでもいいなあなどと思ってしまうのだが、そういうわけにはいかない。
いろいろと妻は誤解をしていたようだ。特に入院に関しては、私に勝手に入れられたと思いこんでいて、実際のところそうなのだが、医療保護入院ではなく、任意入院をしていたならば自分の意志で退院できたことを初めて知ったようだった。無論私だって統合失調症に関する本を読んで初めて知ったのだが、あのとき、最初に任意入院を勧められたときに自分がサインをしていたのであれば、好きなときに、といっても完全ではないけれども、退院出来たことを少し後悔している、また、主治医が最初にその方向で進めてくれたことを知って、悪い人ではないと再認識してくれた。厳密に言えば相変わらず誤解したままの部分もあるのだが、そこはあえて訂正しないでおく。

退院しても薬を飲み続けなければいけない事に関しては不思議と理解をしてくれている。
あれほど薬に関して偏見をもっていたのにこの変化はいったい何なんだろう。
私としてはありがたいのだが、素直に信じられないでいる。
薬を飲むことで幻聴が消えたことが一番の原因なのかもしれない。
しかし、薬はあくまで補助的な物でしかない。めだった副作用が出ていなければあまり気にしなくてもいいかもしれないが、遅発性ジスキネジアの心配はしなければいけない。

妻の実家当てに、妻の病気に関してどのように考え、どのようにするつもりなのかを問いただす手紙を書く。

ネットで統合失調症の患者の幻覚や幻聴を疑似体験したという人の話があったので、調べてみたところ、「統合失調症の治療 理解・援助・予防の新たな視点」という本の付録として疑似体験出来るCDがついていることをしる。疑似体験の機材の貸し出しも行っているようなのだが、私の地元でそのようなことを行っていいるのかわからないので、とりあえず本を注文してみる事にする。  

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2009年11月07日

経過報告43

10/17


今日は妻との外出の日だ。
しかし、病院へ向かう途中で雲行きは怪しくなり、ぽつり、ぽつりと雨が降り出してくる。
病院にて外出申請票を書き、妻と一緒に病院の外へ。
まず最初に妻の買い物に行くのだが、病室から出ることが出来た反動なのか、それとも今まで隠していただけで本音は違っていたのか、妻は車の中で私を非難し始める。
ひととおりまくし立てた後で、

「離婚届を用意しておいて」

いったい何が悪いのだろうか。むろん入院させたことで非難されてもある程度は仕方がない。それはわかっている。しかし、順調に快復へと向かっていそうだと安心しきっていた身にとって、妻の発言はきつすぎた。
「あなたのは愛情じゃなくって同情よ、かわいそうだと思ったから私をあんなところに放り込んだんでしょ」

今日の外出は無しだと叫んで病院に戻りたくなる。何とか我慢して気持ちを抑える。
しかし、妻の言うことにも一理ある。私は妻に同情していただけなのだろうか。

心の内を吐き出してしまうと妻も穏やかになってくるのだが、どうも被害妄想は抜け切れていないようだ。
隣に入院してきた患者さんはダミーの患者で本当は正常な人だ。などと言ってくる。
よくよく問いただすと、妻は相手の話をそのまま鵜呑みにしているようだった。
なんでそんな話を信じてしまうのか不思議なのだが、相手の患者さんがどういう病気で入院しているのか知らない。しかし、統合失調症で入院しているのであれば病識はない可能性が高い。そうなると本人は病気で入院しているなどとは信じるはずもない。だから病人では無いと言っても不思議ではない。
また、夕食で出た鶏肉を食べた後、喉のあたりがピリっときたと言う。鶏肉に何か仕込まれているのではないか、トリカブトの毒だったらそうなるんじゃないか、などとも言う。
基本的に精神科にたいする偏見が抜け切れていないのでそのような妄想を抱いてしまうのだろう。
薬に関しても、どういう作用の薬なのか書いて渡しておいても、他の患者さんの意見の方を信じてしまっている。
幻聴こそは聞こえなくなったようだが、このあまりにもひどすぎる妄想癖を何とかしない限り再発の可能性は高いのだろう。

買い物を済まし、アパートへと向かう。
妻は声がしないか少し不安そうだった。無論、私も不安だった。
が、薬が効果を発揮しているようで、声は聞こえないようだった。
しかし、外の物音には敏感に反応している。無理もない事だ。妻にしてみれば不安なのだ。

昼ご飯を食べた後、妻は実家に電話をかける。
私は洗濯しておいた自分のシャツにアイロンがけをする。
途中で妻が、私に電話に出て欲しいといてきたので受話器をとって義母と話をする。
嫌な予感はしていたが不安は的中した。
「一ヶ月経ったら退院させてください」
「……」
よく意味がわからなかった。
「薬を飲んでいると副作用が出るし、病院は患者を実験台にしています」
どこからそんな陰謀論を仕込んできているのか理解が出来ない。
「妻が処方されている薬は十年も前に発売された物なんですよ。そんなもので実験台に使うんですか?」
「○さんはわかっていないようだけど、私は知っているんです」
「今、妻には目立った副作用は出ていません。それに十年も前に発売された薬で何を実験に使うんです?」
「病院は薬を出して金儲けしているんですよ」
都合が悪くなったのか論点をすり替えてくる。
「統合失調症に関して勉強されたんですか?」
「しましたよ」
「していたとは思われません」
「こちらで病院を探します。研究します」
じゃあ、探すと言っておきながら病院探しを今までしていなかったのですか、と言おうと思ったところで妻に受話器を取られてしまう。
妻は、私の言うことを聞かない限り退院させてもらえないと義母に話している。

いったい何なんだこいつらは。
副作用とか、実験台とか、そんなことばかり言っていて、妻の病気を治す具体的な事は何も言ってこない。
副作用は確かに大事なことだけれども、そんなことばかり言っていても妻の病気は治らない。
病院は患者を実験台に使っているなんて言っている人間が、妻を通院させるとは考えにくい。

妻が電話をおいた後、無性に腹の立ったままの私は、妻に、
「お前の親には愛想がつきた。もうお前の面倒は見きれない。退院したらお前とは離婚するよ、好きにしやがれ」
と言ってしまう。
「私もそうしたいんだから、それで良いでしょ」
「その変わり、お前が再発してしまっても俺に泣きついてくるなよ。完全に縁を切るんだからな」
「わかったわよ」
「まったく、勉強するって言っておきながら全然勉強していないじゃないかお前の親は」
「しょうがないじゃないの忙しいんだから」
「お前の弟もいるじゃないか、どういう考えかたをしたら十年も前の薬を使って実験台にしているなんて考えが出来るんだか」

妻なりにも義母の考えに不審がる面があったのかもしれない。病気のせいで思考が長続きしないせいなのかもしれない。いや、一番の理由は外出時間が限られているせいだろう。
「言い合いなんかしたくない」と妻は言って、この話は打ち止めとなる。

退院させてくれれば通院もするし薬も飲むと言ってはいるのだが、これは本心からなのだろうか。

今飲んでいる薬は、飲むと喉のあたりがぴりぴりするし、飲んだ後、一時間くらいは何も出来なくなってしまう、と言っている。
退院して自宅で毎日そんな薬を飲み続けることが、今の妻には出来るのだろうか。
もっとも、妻は一生薬を飲み続けないといけないということも少しは理解しているようだったのでどうなるかはわからない。少しずつ薬の量は減らしていくことは出来るかもしれない。しかし、それは、かもしれないであってどうなるのかはわからないのだ。
妻は私が買った妻の病気に関係がありそうな本の山をみて、そんなにも買ってどうするのと聞いてくる。
病気に関して勉強するためだよと答えるが、妻は、私はそんなもの勉強しないと返してくる。
確かに、病気と向き合うのは辛い事だろう。しかし、せめてどんな症状で、どんなことが再発の引き金になるのかぐらいは知っておいて欲しいと思う。病気と闘わなくてはいけないのは私ではなく、妻なのだ。私は妻を支えてあげることしか出来ない。

妻が耳掻きをして欲しいと言ってくる。
妻は耳掻きが好きなのだ。
しかし、私はめんどくさがってあまりやってはあげない。そもそも妻の耳の中はきれいなで耳掻きのし甲斐が無いのだ。
でも今日は妻の耳掻きをしてあげる。いつもより念入りにしてあげる。なにも耳垢が無いけどしてあげる。

やがて病院へと戻らなければいけない時間となる。
妻はぎりぎりの時間まで粘る。無理もない。
「正常でいられるのは今日限りかもしれない」
「このまま二度と病院の外へは出られないかもしれない」
「病院に戻っていじめに遭う」

ネガティブ思考の炸裂だ。
どうしたら助けてあげることが出来るのだろう。

もっとも最後のいじめに関しては心配だった。看護師さんの、患者の家族に対しての接し方と患者に対しての接し方とで違ってくるのは仕方がない部分もある。患者の虐待という話だって耳にしたことはある。こればかりは妻の口から聞き出すしか方法がない。が、妻はまだ被害妄想が抜け切れていない。妻は、看護師さんは患者に対して上から目線で物を言うと言ってくる。それでは難しいよなあ。
やはり妻の被害妄想の可能性が高いのも事実だ。

病院からアパートに戻ってきて、そして、一人っきりの生活になれたはずなのに、寂しさを感じる。さっきまでいた人が今はいない。それだけで、いやだからこそ、とても寂しい。

妻は自分が寂しいことで手一杯だ。だから私の寂しさまでは理解してくれない。
私がどれだけ寂しいか理解してくれさえすれば、私が妻を入院などさせたくはなかったこともわかってもらえるし、入院させてせいせいしたなどと思ってはいないこともわかってもらえるはずなのだが、理解してはくれない。

妻の幻聴は消えたかのように見える。しかし時折聞こえると今日妻は言った。それが幻聴なのか現実の声なのかわからない。妻には区別がつかないのだ。
妻は、自分をこんな目にあわせた人間に復讐してやると言う。妻の復讐相手の中に私がいることは確かだ。ではそのほかに誰がいる?
妻の妄想は根強く残っている。
妻が感情的になったとき、それは現れる。

いったいどうすればいいのか、いくら考えても答えが出てこない。
  

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2009年11月06日

経過報告42

10/16


明日は妻と外出する日だ。
しかし、治療は順調にいっているかのように見えるが、今のペースで一ヶ月で退院出来るとは思えない。
一ヶ月半くらいはかかるような気もする。
正直な話、退院後にどれだけ妻を支えてあげることが出来るのだろうかということを考えると不安でもある。
最近は言わなくなったが、入院当初、妻はよく私にこう言った。
「私をこんなところに閉じこめて、清々したでしょ」
清々したなどということはない。しかし退院後の不安を考えると、もう少し妻には入院していてもらいたいという気持ちがある。

  

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2009年11月05日

経過報告41

10/15


今日は妻の面会。
病棟に入ると看護師さんに、今日は外出ですかと聞かれる。
いや、外出は今日ではなくって土曜日だ。
で、その後で持ってきた荷物の確認を受けるんだけど、基本的にチェックしなければいけないはずなのに看護師さんによってチェックしたりしなかったり。
面会時間も面会票には30分程度と書いてありながらも、入院時に渡された紙には1時間程度と書かれてあったりする。そのくせ実際には時間を超えても何も文句は言われない。
いい加減と言えばいい加減なのだが、それだけ信用されていると見るのかそれとも単純にいい加減なだけなのか。
まあ、あまり厳しくしても仕方がないといえばその通りでもあるが。

妻は今日はちょっと元気がなさそうだった。
が、話し始めるとそうでもない。
外出の許可が出たことで少し希望が見えてきたのだろうか。
土曜日は9時半に迎えにきて欲しいと言ってくる。やはり外に出たいのだ。
一方で、アパートに行くことに対しての不安もあるらしい。それはそうだろうなあと思う。しかし、今は薬が妻を助けてくれるだろう。
妻は病気と病気でないことの境目に対して疑問を持っているらしい。
声が聞こえるというだけで病気と決めつけられた事に対して、不満ではないが疑問を感じているようだ。
妻にしてみれば、独り言を言っていたり、ちょっと変わった考えを持っている人は世の中に沢山いるのに、何故その人達は入院させられず、自分だけ入院させられたのかよくわからないというのだ。
それは私も妻と同意見である。
病気である状態と病気ではない状態の境目というのは曖昧だ。
例えば、熱が出たとしよう。
ある人は市販の薬を飲む。
ある人は病院へ行く。
ある人は我慢する。
病院へ行かなければ病気かどうかはわからない。もちろん病院へ行ったとしても病気かどうかわからない場合もある。
我慢した人は病気ではないと思っている。

しかし、妻の場合は違う。
普通の人が飲んだら動けなくなってしまう量の薬、といってもたいした量ではないのだが、を飲んでも平気で活動していた。それ自体が異常なのだ。
その事を妻に話すと、そんなにきつい薬を飲ませたの、と文句を言ってきた。
薬に否定的な人は何故そのように考えてしまうのだろうか。
凶暴なライオンを捕まえるのに十人がかりで捕まえようとしたけれども逃げられてしまったと言ったとき、十人がかりだなんてライオンが可哀想と言うようなものなのだ。
普通ならば十人でも駄目だったのと言うのではなかろうか。


心理テストを行う時間になったので病室を出る。妻が発達障害かそれともそうではないか、これで何かがわかるだろう。

病棟を出るまでの間、男の看護師さんに妻の様態について聞かれる。
看護スタッフには話さず、家族には話している情報を知りたがっていた。
そこで私は妻がまだ被害妄想にとらわれている件について話す。
仕事熱心な看護師さんだ。
こういうしっかりとした看護師さんもいるということを、病院に偏見を持っている人たちにもっと知って貰いたいと思うのだ。

  

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2009年11月04日

経過報告40

10/14


昨日の夜、義母から電話があった。
私が出した手紙は日曜日に届いたらしい。その連絡だ。
手紙の内容に関しては何も言ってこない。義父が介護状態だから日々の生活だけで手一杯なのもわかる。だからおそらく、妻の病気に関してはあまり勉強をしていないだろうという予感がする。
妻の退院の時にこちらに来ると言っていた。
ひょっとしたらそのまま妻を実家に連れ戻してしまうのかもしれない。
私も被害妄想気味だ。

妻は、私が妻を入院させたのは愛情によるものだということを受け入れるのは難しいと言っている。
この病気を患っている当事者は、ほとんどの場合、自分が病気であるという自覚を持っていない。
どうも、自分が間違っているという感覚を持つことが出来ないようなのだ。
だから自ら進んで治療を行うということが出来ない。
一方で当事者の家族は当事者が何かおかしいということにはすぐに気付く。
そこで心の病であるということに結びつくことが出来れば、治療という行為に進めることが出来るのだが、これが非情に難しい。
当事者と家族との間で目的が大きく異なってしまっているからだ。

薬物療法によって幻聴は消えた。しかし、記憶は消えない。
妻は妻なりの論理でもって妄想を組み立てたのだ。
論理の根底となる土台の部分は消滅しても受けた苦しみは消えない。
組み立てた妄想も記憶からは消えない。
薄れていくのを待つだけなのかも知れない。
  

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2009年11月03日

経過報告39

10/13


今日は妻の面会。
病棟に入って病室へと向かうとちょうど妻がトイレから出てきたところだった。
一緒に病室へと入り、持ってきた差し入れを妻に手渡す。
パンとジャスミン茶は喜んでくれたので良かった。

妻の様態は平行線といったところか。時折、「あなたのせいよ」と私を非難するが、これもまた致し方ない。
同じ病室の患者さんに、妻が夜、眠る前に飲んでいる黄色い薬に関して良からぬ事をふきこまれたらしく、これは強い薬で、副作用で白血病になると思いこんでいる。
私が調べた範囲で副作用で白血病になるような薬は妻は飲んでいない。
そのことを話すのだが、闇ルートで仕入れてくる薬だから調べてもわからないなどと妄想じみた、いや妄想を言う。まったくもって困った問題だ。少なくとも入院すれば、妄想をふくらますようなことは無いだろうと思っていたのだが、以前、妻が、ここにいると廃人にされてしまうと叫んだのと同じように、薬に関して妄想を抱いたままの患者さんがいるのだ。
それに比べると、看護師さんは妻に、今の症状は薬が抑えている状態だから退院してもしばらくは薬を飲み続けないといけないと言ってくれているのでありがたい。問題は妻がそれを正しく認識してくれているのだろうかということなのだが。
「声が聞こえるというだけで私は入院させられてしまった」と妻が言う。
「二十四時間、起きているあいだずっと声が聞こえるってのは重要な問題だっただろう」と私が言うと、妻は少し考え込んでしまったようだ。
どうなんだろうかと思っていると看護師さんが妻の名前を呼んだ。主治医との面談の時間だったらしい。
私が帰る準備をしていると、妻が私も一緒に面談するか聞いてきたので、主治医の先生に尋ねると、同席の許可が得られたので私も同席する。面談を申し込もうとしていた矢先なので一石二鳥だった。

妻曰わく、先生は早口なのだそうが、今回は確かに早口だった。
副作用らしい症状が無いかどうか尋ね、今週は心理テストと作業療法をはじめてみましょうと言う。
そして私に対して、ちょっと表情が出てきましたと言ってきた。
うーん、先生からみればちょっとなのか、妻の表情は。
私に対してとそれ以外の人に対してとで表情の出し方が違うのは確かにそうかもしれない。
私以外の人に対して表情が出せなければいけないのだろう。

「そろそろ外泊してみますか」と先生が言ってくる。
いきなり外泊は負担がかかるということで、今週の土曜日は外出、そして次は外泊ということになる。
順調にいけば外泊を利用して妻はコンサートに行くことが出来る。

「ご主人さんから何かありますか」と聞かれたので、妻が寝る前に飲んでいる黄色い錠剤について尋ねる。先生の回答は予想していたとおり、ジプレキサザイディス錠で、10mgと5mgの二錠だった。白血病の副作用があると吹き込まれた件については黙ったままにしておく。

別れ際に妻は安心したといったので、何に対して安心したのかはわからないが、とりあえずは良しとしよう。
  

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