2009年06月19日

来月の気になる本 2009/7

本を読んでも、それに対してなにか書こうという気力が衰えてきました。
思うように言葉が出てこないというのが大きな原因のひとつかもしれませんが、だったら無理してブログの更新を続けても今以上に駄文をまき散らすだけになるので、しばらく更新するのを止めることにしました。
しばらく停止といいながらも、このままフェードアウトしていく可能性が高いので、今回の記事が最後の記事となるかもしれません。
唯一心残りなのが、架空アンソロジーの第二段です。
『箱』がテーマということで、ジェイムズ・モロウの「おとなの聖書物語 第17話 ノアの箱舟」や、パンドラの箱絡みでジャック・ウィリアムスンの「組み合わされた手」を読むために『パンドラ効果』をネットで探したり、マシスンの「箱の中にあったのは?」は外せないよなあ、などと作品選択をしていたのですが、そのメモをうっかり消してしまったために、がっかりしてそれっきりになっています。
もっとも最初に『続編テーマ』のアンソロジーを考えたときは第二段など考えてもいなかったので、まあそれでもいいか。

『おとり捜査官(5)味覚』山田正紀 朝日文庫
『BLOOD OF ANGELS(原題)』マイケル・マーシャル villagebooks
『アナンシの血脈(上下)』ニール・ゲイマン 角川文庫
『村のエトランジェ』小沼丹 講談社文芸文庫
『一瞬の風になれ』佐藤多佳子 講談社文庫
『天岩屋戸の研究』田中啓文 講談社文庫
『ギヤマン壺の謎〈名探偵夢水清志郎事件ノート外伝〉』はやみねかおる 講談社文庫
『悲しき人形つかい』梶尾真治 光文社文庫
『とある飛空士への恋歌(2)』犬村小六 ガガガ文庫
『七度狐』大倉崇裕 創元推理文庫
『オランダ水牛の謎』松尾由美 創元推理文庫
『無限記憶』ロバート・チャールズ・ウィルスン 創元SF文庫
『軌道エレベーター』石原藤夫金子隆一 ハヤカワ文庫NF
『90億の神の御名』アーサー・C・クラーク ハヤカワ文庫SF
『アンブロークン・アロー 戦闘妖精・雪風』神林長平 早川書房
『歌の翼に』トマス・M・ディッシュ 国書刊行会
『都筑道夫の読ホリデイ 上・下』都筑道夫 フリースタイル
『函館水上警察』高城高 東京創元社
『七つ星の首斬人』藤岡真 東京創元社

山田正紀の<五感推理>シリーズもとうとう最終巻。復刊しなければなかなか手に取る機会がなかったシリーズだけあって、個人的にはいいタイミングで復刊してくれました。
最終巻といえばvillagebooksからはマイケル・マーシャルの『死影』シリーズの最後の巻が。といってもこのシリーズ読んでいないんだよなあ。
角川からはニール・ゲイマンの『アナンシの血脈』が文庫化。出た当時に読もうと思ってその厚さに怯んでしまったので、今回こそは読もう。
講談社文芸文庫から小沼丹の『村のエトランジェ』が出ます、仕方ないとはいえ講談社文芸文庫ってちょっと高いんだよなあ。
しかし、東京創元社が『黒いハンカチ』を出してくれなかったらならば、このさき一生、小沼丹の小説など読まなかっただろうということを考えると、一期一会という言葉が身にしみます。
東京創元社といえば、高城高と藤岡真の新作が久しぶりに出ます。特に高城高は約40年ぶりだから凄いよなあ。
光文社文庫からは梶尾真治の『悲しき人形つかい』が文庫化されるけれども、のびのびになっている『波に座る男たち』はいったいどうなったんだろう。
それに比べると当分でるわけはないだろうと思っていたロバート・チャールズ・ウィルスンの続編はあっさりと出る模様。
あっさりといえば完結したばかりの<雪風>シリーズの第三部も意外とあっさり登場。
国書刊行会からはいよいよディッシュのあれがラインナップに登場。
しかし、なんといっても一番の期待は、生誕80年記念ということでかなりのハードスケジュールとなった模様の『都筑道夫の読ホリデイ』。当初は半分ほどのセレクト集という話だったけれども、蓋を開けてみれば全部収録ということだからファンとしてはうれしいかぎりです。
むろん、7月にでなくっても文句をいわずに待ち続けます。

それではみなさん、再見。
  

Posted by Takeman at 12:30Comments(8)TrackBack(0)ホンの話
2009年06月18日

花模様が怖い―謎と銃弾の短篇

花模様が怖い―謎と銃弾の短篇 (ハヤカワ文庫JA―片岡義男コレクション)

  •  片岡 義男

  • 販売元/出版社 早川書房

  • 発売日 2009-04-05

Amazon/bk1/楽天ブックス


片岡義男の短編を読みあさっていた時期がある。もっとも、読みあさっていたといえるほど読んだわけでもなく、どちらかといえば短期間にある程度の本を集中的に読んだだけというほうが近いのだが、時期的には角川文庫から大量に出ていたころだ。
SFとミステリしか興味が無かったのによくもまあ片岡義男に興味を持ったものだとも思うのだが、今にして思えば片岡義男の持つハードボイルドな部分が琴線に触れたせいなのだろうと思う。
『ミス・リグビーの幸福』を最後に読むのは途絶えていて、今回の文庫セレクションも読むつもりは無かったのだけれども、何となく気になって読んでみることにした。書店で手に取ってみるとやはりどこか琴線に触れる部分があったのだ。
久しぶりに読んだ片岡義男の小説の印象は全然変わりが無く、集中的に読んだあの当時と同じだった。
風俗描写はたしかに古びているけれども、しかしそれは些細な部分で、今でも持ち続けている、片岡義男といえば恋愛小説というイメージを吹き飛ばしてしまうほどハードボイルドな世界であり、根底となる部分がこうだからこそ恋愛小説が面白かったのだなあと思わせられた。
それにしても「狙撃者がいる」は凄いなあ。まるでジム・トンプスンなみの話だった。  

2009年06月17日

この世界、そして花火

この世界、そして花火 (扶桑社ミステリー)

  •  ジム・トンプスン

  • 販売元/出版社 扶桑社

  • 発売日 2009-04-28

Amazon/bk1/楽天ブックス


ポップ1280』を読んだときに打ちのめされたわけなんだけれども、その後が続かなかった。
多分、基本的にノアールが苦手なのだ。
続けざまに読むよりもたまに読むのが自分にとってちょうどいいのだろう。
で、今回は短編集だったわけだけれども、全編ノアールかというとそうでもなく、こんな話も書いていたのかと思うバラエティ豊かな作品集だ。
冒頭の「油田の風景」はスケッチ的な話でありながら、アメリカン・ジョークすれすれのくだらなさのオチが面白い。
「酒びたりの自画像」は自伝小説で「システムの欠陥」はコンゲーム的な話でありながら、詐欺の根底の部分の概念というかそれが成り立つ理由の部分が斬新すぎてちょっと凄い。
「四Cの住人」「永遠にふたりで」はホラー小説で、「深夜の薄明」は未完なのが残念なところだが、これと「この世界、そして花火」がノアールで、まあ登場人物はいかれている。
欲望のままにというわけではなく、ただ淡々と暴力をふるい、殺人を犯す。目の前に邪魔なものがあるからどけるといった感覚だ。
苦手なんだけれども、たまに読みたくなるよなあ。こういう話は。  

2009年06月16日

神鯨

神鯨 (ハヤカワ文庫 SF 312)

  •  T.J.バス

  • 販売元/出版社 早川書房

  • 発売日 1978-10

Amazon/bk1



今まで積読のままでした。
もっとも、SFが好きといっているくせに、そんな作品も読んでいなかったのかと糾弾されてもおかしくない作品が未読のままだったりするので、『神鯨』あたりが未読のままだったとしてもまあ仕方ないかという気もする。

gy=c

という「オルガの公式」が登場する作品で、私の年代だとこの「オルガの公式」ってのはわりと有名だったりするのだけれども、今じゃあどうなんだろう。本そのものも絶版だし、たぶんそれほど有名ではなくなってしまっているんじゃないかな。
で、実際に読んでみると、これがどうして、実に読みにくい。訳が悪いという以前に、カットバックの嵐で、しかも異様な世界設定。物語が何処へ向かっているのかもよくわからないまま異様な世界が次々と登場し、そういう意味ではワイドスクリーン・バロックそのものだ。
日夏響の翻訳も今だとちょっと訳しそうもない雰囲気で訳されていて、なかなか趣があっていいのだけれども、ワイドスクリーン・バロックを楽しむのは若くないと駄目なのかも知れないなあと、自分の歳を感じさせてくれた本だった。
もっと若いうちに読んでおけばよかったよ。  

2009年06月15日

闇よ、つどえ

闇よ、つどえ! (1981年) (ハヤカワ文庫―SF)

  •  フリッツ・ライバー

  • 販売元/出版社 早川書房

  • 発売日 1981-10

Amazon/bk1


L.スプレイグ・ディ・キャンプの小説に『闇よ落ちるなかれ!』というのがある。考古学者が古代ローマ時代にタイムスリップしてしまうという話で、題名の通り、文明の闇が落ちないように孤軍奮闘する話なのだが、フリッツ・ライバーの場合はその逆だ。『闇よ、つどえ』である。
無論、内容はディ・キャンプとは全然異なるわけなんだけども、題名の違いだけでもまあ、今まで読まなかった理由もなんとなく判ってもらえるんじゃないかと思う。
とはいうものの、けっしてつまらないわけではなく、今読んでもそれなりに面白い。それなりというところがちょっと苦しいところなんだけれども、まあ、後回しにしてしまった自分が悪いのである。
戦争によって一度文明が崩壊してしまった後の時代。それなりに復興したのだけれども、政権を握っているグループが過去の科学技術を独占していて、巨神をあがめる宗教政治を行っている。科学技術は魔法と同様の扱いで、光線銃は「怒りの棒」などと呼び、不可侵フィールドは「後光」などと呼んでいる。
「使い魔」も登場し、これも科学的な説明と理屈が存在していたりする手の込みようなんだけれども、さらにこの聖職政権に敵対する魔人グループが存在するのだ。そして、表面上は神と悪魔との戦いが繰り広げられるのだけれども、実際のところは……というところが皮肉的というか、面白いのだ。
  

2009年06月12日

縄の戦士

ピアズ・アンソニイといえば、<魔法の国ザンス>シリーズの人であって、SF作家でもあるのにSF小説の方はほとんど翻訳されなくって、<ザンス>シリーズばかり翻訳されて、お前は<ザンス>シリーズだけ書いていればいいんだとでもいわんばかりの翻訳状況なんだけれども、実際のところSF作家としての実力はそれほどでもないのかも知れないと思いそうにもなる。
私がピアズ・アンソニイの名前を知ったとき、唯一翻訳された彼のSF小説は『縄の戦士』だけだった。題名からして変な題名なので読んでみたいなあと思っていたのだが、何しろ銀背だったので入手困難。それから何年も経ち、何故か突然<ザンス>シリーズの合間にひょっこりと翻訳された<クラスター・サーガ>は第一部の題名が『キルリアンの戦士』だったので、『縄の戦士』に関連する話なのかと思っていたら全然無関係のシリーズでがっかりした記憶がある。
まあ気長に待ち続ければそのうちSF小説のほうも翻訳されるだろうと思い続けて数十年。『トータル・リコール』のノベライズは出たけれども、未だにピアズ・アンソニイは<ザンス>の人である。
というわけでしびれをきらして『縄の戦士』を読んでみた。
「ソル」と名乗る二人の男が宿屋で出合うところから物語は始まる。で、個人的には同名のままでも構わないと思うのだが、何故か二人は自分の名を賭けて試合をすることとなる。無論勝負はついて片方は「ソス」と改名させられるのだが、、勝った方はあちらこちらの部族をまとめ上げて帝国を作ろうと思っているからオレの参謀になれと「ソス」に言う。
普通ならば腕力があり、そして帝国を作ろうなどという野望、いや、目的を持っている方が主人公のはずなのだが、この物語の主人公は、負けて「ソス」と名乗らなければいけなくなった方なのである。
このあたりで、舞台となる場所が、核戦争で人類滅亡寸前までいった後かろうじて復興しつつある未来のアメリカであることがわかるのだが、これで「ソル」の野望の元、偉大なるアメリカ復興に向けて軍師「ソス」の大活躍、という話になるのかといえば全く違う方向へと突き進んでいく。
強いて言えば、キース・ロバーツの『パヴァーヌ』のネガティブバージョンといったところか。  

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2009年06月11日

メデューサの子ら

メデューサの子ら (1981年) (サンリオSF文庫)

  •  ボブ・ショウ

  • 販売元/出版社 サンリオ

  • 発売日 1981-07

Amazon/bk1


ボブ・ショウが亡くなったとき、未訳の小説の翻訳が進むかと思ったけれども、そんなことなどなくそのまま忘れ去られてしまった。
今だったら一冊くらい翻訳されていたかもしれないけれども、うーん、やっぱり無理だろうなあ。
というわけで、偶然入手する事の出来た『メデューサの子ら』を読んでみた。
海中で繁殖している巨大な植物の根っこに、翼をもがれた飛行艇が網でつなぎ止められ、そしてその場所を住処としている200人ばかりの人類がいた。
何処か別世界の惑星に棲む異星人の物語かと思うとそうではなく、彼らの祖先は地球人でそして、彼らの棲む世界は巨大な水の固まりで、その水の固まりは宇宙空間に存在しているのである。
数世代前に彼らの祖先はこの場所へと飛行艇ごと連れ去られ、そして、飛行艇の中で生き延びたのである。おりしも少し前に読んだ『生存の図式』と似たような設定であるけれども、ボブ・ショウの興味はサバイバルではないので、生き延びた子孫は環境に適合した進化を遂げている。
で、いったいどんな話になっていくのかというと、これがなんとも不思議な方向というか、この不思議な設定のなりたちといった謎は解明されるのだけれども、期待しているのとはまったく異なる方向へとばく進し、ほとんど読者を置いてきぼりに近い状態の速度で物語のけりをつけてしまうのだ。
よくもまあ、こんな話をボブ・ショウの紹介第一段として訳したものだと感心してしまう。  

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2009年06月10日

生存の図式

生存の図式 (1983年) (海外SFノヴェルズ)

  •  ジェイムズ・ホワイト

  • 販売元/出版社 早川書房

  • 発売日 1983-02

Amazon/bk1


第二次世界大戦中、アメリカのタンカーが敵の攻撃を受けて沈没してしまう。大半の乗組員は沈没する前に脱出する事が出来たのだけれども、男性三人、女性二人だけが取り残されたままとなってしまった。
しかし、幸か不幸か、タンカーは完全には破壊されずそして沈没もせず、海中を漂う状態となり、五人の男女はとりあえず生き延びることができた。
船には当面は心配せずに済むほどの空気があり、食料も大量にある。船からの脱出は困難な状態だけれども、この船の中で生活をすることは可能だったのだ。
というのが物語の一つ。そしてもう一つの物語は、故郷の星が生存不可能な状態になってしまったために、冷凍睡眠を繰り返し、生存可能な惑星を求めて旅する異星人の物語だ。
タンカーの五人は電気を発電し、作物を育てながら船の中で生活をする。そして子供が産まれ、家族が増え、このタンカーの空間が一つの世界となっていく。
一方、異星人の方はというと、冷凍睡眠が知能に悪影響を及ぼすことが判明し、冷凍睡眠を捨て子孫を作り、自分たちの世代ではたどり着くことの出来ない新天地目指して世代宇宙船として旅することとなる。
どちらもサバイバルな状態で、どちらもじり貧となることが確定済みな話なので読んでいてなかなか辛い部分があるのだが、二つの物語が一つに重なったとき、それまでの辛さが消え去って、爽やかな幕切れとなるところがなんともいえない後味の良さを残すのである。
  

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2009年06月09日

ジャンナ

ジャンナ

  •  伊井 直行

  • 販売元/出版社 朝日新聞社

  • 発売日 1995-07

Amazon/bk1


中学生の頃、クイーンの『Yの悲劇』を布団の中で読んで、読み終えた後興奮して眠ることが出来なかったことがあった。
大人になると面白い本を読んでも冷静に対処できるようになったというか、悪くいえば感受性が鈍くなったせいか、興奮して眠ることができないということはほとんどなくなったけれども、そのかわりに物語が頭の中をかけずり回って他の本が読めない状態になることはたまにある。
小説ではないけれども、映画の『ミリオンダラー・ベイビー』を視たら、物語が居着いてしまって小説の方も読まなければいけないはめになってしまった。
そして今回、伊井直行の『ポケットの中のレワニワ』を読み終えたとき、その愛らしい結末に打ちのめされてしまい、他の本を読む気がおきなくなってしまったのだ。
しかし、さいわいなことに伊井直行の『ジャンナ』を入手してあったので助かった。
で、読んでみると、やっぱり伊井直行は法螺吹きおじさんなのだなあと実感した。冒頭で、猫が人語を話す小説は読みたくないと主人公の友人が語り、そして作家でもある主人公も、同意見だと返答する。そして、その後で猫が人語を話すのである。
厚顔無恥というかまあ法螺吹きである以上仕方ないのだけれども、『ポケットの中のレワニワ』の後で読むにはちょうどいい話だった。
おかげでようやく他の本を読む気力を取り戻せたのである。  
タグ :伊井直行

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2009年06月08日

ポケットの中のレワニワ

ポケットの中のレワニワ(上)

  •  伊井 直行

  • 販売元/出版社 講談社

  • 発売日 2009-05-21

Amazon/bk1/楽天ブックス


ポケットの中のレワニワ(下)

  •  伊井 直行

  • 販売元/出版社 講談社

  • 発売日 2009-05-21

Amazon/bk1/楽天ブックス


伊井直行って人はR・A・ラファティなんじゃないかとふと思った。
法螺吹きおじさんとしての意味なんだけれども、伊井直行って人は何喰わぬ顔をしてホラを吹く。
愛と癒しと殺人に欠けた小説集』所収の「ヌード・マン・ウォーキング」はヌードになる男の話なんだけれども、ラストでいきなり途方もないほどの時間が流れそれまでの全てを流してしまったりする。そういえば『愛と癒しと殺人に欠けた小説集』の表紙は円城塔の「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」でもあったよなあ。
そして今回はレワニワだ。
レワニワそのものが主人公の父親による法螺話なのだが、その嘘であるはずのレワニワがいつの間にか何気なく実体をもって登場する。
しかし、だからといってレワニワが重要な事柄なのかといえばそれほど重要でもなく、基本的にはPC電源メーカーのコールセンターで派遣社員として働く主人公とその上司であり小学校の同級生でありベトナム人のハーフでもある女性の恋愛話なのだ。
そして恋愛話でありながら、曰くありげな宗教団体に関わり合いのある同級生と再会以後、突如会社を辞めて失踪してしまった彼女の行方を追うというハードボイルド的な物語でもある。主人公は彼女の行方を追う過程で宗教団体から脅迫と暴力行為を受けながらも最後は彼女を追い求めてベトナムにまで行ってしまう。だから表向きはハードボイルド小説の典型的なパターン以外の何物でもない。
そうかと思えば、引きこもって2チャンネルへの書込を職業とし、猫語で話す主人公の義理の弟が登場したりする。伊井直行が2チャンネルの世界を描くとは思いも寄らなかったので驚いたのだが、どれだけ引き出しの大きな人なのだろう、この人は。
主人公は彼女のことが好きなのだが、主人公は派遣社員で将来的な展望など何もない。だから貧乏どうしが一緒になってどうすると彼女に言われる始末。猫語で話す引きこもりの義弟にしろ、登場する人物の誰もが何かしらの悩みを抱えていながらも、というかその悩みというのはわりと深刻な物ばかりで、真面目に捉えると悲しくなる世界なのだが、伊井直行は法螺を吹いている。だから読んでいて深刻にならずにすむし、伊井直行が用意したささやかな愛らしい結末に思わず微笑んでしまうのだ。  
タグ :伊井直行

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2009年06月05日

遠い悲鳴

遠い悲鳴 (1965年) (世界ミステリシリーズ)

  •  フレドリック・ブラウン

  • 販売元/出版社 早川書房

  • 発売日 1965

Amazon/bk1


フレドリック・ブラウンのミステリといえば東京創元社で、早川書房はSFだけしか出していないという印象があるのだけれども、実際のところはポケミスで一冊だけ、ブラウンのミステリが出ているのである。
1700冊を越えるポケミスの中で一冊だけなので埋没されて注目されなかったという気もするけれども、実際に読んでみると、まあ確かに忘れ去られてしまっても仕方ないかなあという気もする。
主人公は不動産業を営んでいたけれども、妻との折り合いが悪く、離婚したいくらいなのだけれども、子供がいて、愛する子供たちのためには離婚するわけにも行かず、別居したいけれども、別居できるほどの稼ぎが無く、一生懸命仕事にせいをだした結果ノイローゼになってしまい、医者からしばらくの間別の土地へいって仕事のことも忘れて療養したほうがいいと言われてしまう。
そうしてやって来た街では、八年前にある若い女性が婚約者に殺されるという事件が起こっており、犯人は行方不明のまま。雑誌の記者をしている友人から、この事件に関して調べて記事にしてくれれば自分の名前で出版し、原稿料は折半という提案を受け殺された女性が住んでいた家を借り、調査に乗り出す。
チェスタトンの「ブラウン神父」は、犯人になりきったつもりで事件の真相を考えるのだが、この主人公も事件の真相を追ううちに同じような思考をするようになる。そのおかげで事件の真相が見え、ほぼ、事件の真相を暴き出してしまう。
しかし、ブラウン神父は人格者であるのに対して、主人公はノイローゼ気味のごく普通の一般人だ。
そのあたりが人生の分かれ目というか、幸と不幸の境目で、アンハッピーな結果になってしまうんだよなあ。
  

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2009年06月04日

マイナークラブハウスの森林生活

マイナークラブハウスの森林生活―minor club house〈2〉 (ピュアフル文庫)

  •  木地 雅映子

  • 販売元/出版社 ジャイブ

  • 発売日 2009-05-11

Amazon/bk1/楽天ブックス


前巻は木地雅映子の新境地といった雰囲気もありそのうえでそれまでの作品をも上回る衝撃があったので次巻は楽しみだったのだが、読んでみると、木地雅映子はやっぱり木地雅映子だったという点ではちょっとがっかりしてしまった。
今まで通りの木地雅映子という面が表立って現れているのだ。木地雅映子の新しい側面を期待していたので、ああ、結局そこに行き着くのかと思ってしまったのだが、しかし、それは読者の我が儘に過ぎないのかもしれない。
ようするに木地雅映子は戦い続けているのだろう。そしてその戦いは一冊や二冊程度の本を書いただけでは終わらないのだ。
そして本作でも、木地雅映子は敵対する相手には非情なほど手厳しい。そこまでしなくてもいいんじゃないかと思ってしまうほどなのだ。しかし、そう思ってしまう自分は木地雅映子にとって戦うべき相手になってしまっているのかも知れない。
かつては木地雅映子の物語を必要としていた私自身は、いつのまにか加害者の位置に立ってしまっている可能性に思わず考え込んでしまった。  
タグ :木地雅映子

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2009年06月03日

秘密の本棚

秘密の本棚―漫画と、漫画の周辺

  •  いしかわ じゅん

  • 販売元/出版社 小学館クリエイティブ

  • 発売日 2009-05

Amazon/bk1/楽天ブックス



『漫画の時間』が出たのが1995年、そして第二段の『漫画ノート』が出たのが2008年だったので、次が出るのは相当先のことだろうと思っていたので、何気なく入った書店でこの本を見かけたときには驚いた。
表紙はいしかわじゅんの仕事場にある本棚の写真で、私の好きな他人の本棚である。とりあえず表紙の写真を眺めているだけでも楽しい。
前巻では一つ一つの漫画に対する文章量が若干少ないなあと思っていたのだけれども、今回は増量済みで読み応えがある。
前作や前々作で書かれたことと重複しているものもあるのだけれども、まるっきり同じというわけではなく文章量が増えているわけで、ようするに、それだけ書き足りなかったんだろうなあと思わせられるので、不満はあまりない。
なおかつ評論対象となっている漫画の実際の絵も一コマは掲載されているので、知らない漫画だった場合にどんな絵柄の漫画なのかがわかるようになっているのでありがたいんだよねえ。
新たに興味の出た漫画家は見つからなかったけれども、出たのに気が付かなくって見過ごしていた漫画があったりしたので、いやあ読んで良かったよ。

  

Posted by Takeman at 12:30Comments(0)TrackBack(0)小学館
2009年06月02日

スパイダー・スター

スパイダー・スター〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

  •  マイク ブラザートン

  • 販売元/出版社 早川書房

  • 発売日 2009-05-30

Amazon/bk1/楽天ブックス


スパイダー・スター〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

  •  マイク ブラザートン

  • 販売元/出版社 早川書房

  • 発売日 2009-05-30

Amazon/bk1/楽天ブックス


天文学者によるハードSFということで期待をしていたけれども、その期待はある意味、別方向へと裏切られた話だった。
もっとも裏切られたというのはハードSFとしての部分で、物語としてつまらなかったというわけではない。
ラリイ・ニーブンの『リングワールド』をコンパクトにした感じが近いか、もしくは物語をコンパクトにまとめることが出来るようになったアレステア・レナルズといったところか。
ハードSFらしさは確かに存在するけれども、後半になると冒険SFになってくる。そういう点では『リングワールド』的な話だ。
しかし、一番面白かったのはファーストコンタクト物としての側面で、まあとにかく驚いたというか身も蓋もないファーストコンタクトだ。
異星人の言語をある程度解析し、それなりに翻訳できる状態になっていながらも、話かけに使った言語がたまたま敵対する種族の言語だったので、いきなり血みどろのファーストコンタクトとなってしまうのだ。
いやあ、言われてみればその通りというかそういう可能性もあることに気がつかなかったので目から鱗が落ちる思いだった。
というわけで、むちゃくちゃ面白いというわけではないけれども、なかなか楽しませてくれた話だったよ。
  

2009年06月01日

新・幻想と怪奇

新・幻想と怪奇 (ハヤカワ・ミステリ 1824)

  •  ローズマリー・ティンパリー他

  • 販売元/出版社 早川書房

  • 発売日 2009-05-08

Amazon/bk1/楽天ブックス



ハヤカワNV文庫の『幻想と怪奇』の続きのようなもので、まあわざわざ「新」と付けなくってもいいような気もするし、ポケミスではなくってハヤカワNV文庫で出せばよかったとも思う。
仁賀克雄によるアンソロジーなので良くも悪くもいつも通りのパターンなのだけれども、最初と最後にローズマリー・ティンパリーの短編を持ってきて「怪奇」と「幻想」としているあたりはちょっと凝っているよなあと思うのだけれども、「幻想」と「怪奇」ではなく「怪奇」と「幻想」になってしまっているところが残念だ。
既訳も多いけれども、個人的には未読が大半だったので特にそのあたりは不満もなく、ゼナ・ヘンダースンとか、シェクリィとかはともかくとして、アラン・ナースやリチャード・ウィルスンが入っているのはなかなか良かったし、なんといってもローズマリー・ティンパリーはちょっとこれはいいんじゃないかって作品で、仁賀克雄以外の人の手で翻訳されたらいいよなあと思ったりもした。
しかし、『残酷な童話』でこれからは「ボウモント」で行きたいなど言っていたわりには、チャールズ・ボーモントになったままなのはちょっと情けないよなあ。
自分で言ったことを忘れてしまったのか、それとも反対意見が多すぎたのか。
  

Posted by Takeman at 12:30Comments(0)TrackBack(0)早川書房